群がる「世之介」と玉の輿の潮時

闇市のキャットウォーク 森貝光子一代記 【17】

群がる「世之介」と玉の輿の潮時

蝶よ花よのモデルたちも、年齢を重ねれば、誰しも世代交代の波が容赦なく迫ってくる。そこに群がるプレイボーイと、玉の輿を狙う崖っぷちモデルの色と欲。折しもスキャンダルをウリとする週刊新潮の創刊が迫っていた。もう潮時とみた光子は姉の誘いに応じて、5000ドルを持って勇躍、アメリカへ。 =敬称略、一部有料

 

第Ⅲ部おそるべき君等の乳房5

 

ファッション・モデルという職業は、今も昔も楽ではない。

トップモデルともなれば、過大とも思える評価の半面、その分、脱退劇の後遺症を引きずるスキャンダル、中傷が浮かんでは沈み、沈んでは浮かぶ。収入は増え、華やかさも増すものの、人間関係は複雑の度を深めていく。

合同結婚式で足を洗ったものの

光子と同じくTFMC一期生の一人で、FMG分裂時には「長いものには巻かれよ」式で木村側につき、ヘレン・ヒギンズとともにTFMCに残った岩間敬子が、あの藤山愛一郎の義弟、田中元彦を袖にして、金持ちのアメリカ人を伴侶に選んだばかりか、1955年に帝国ホテルでもうひとりのモデル、田中富士子と合同結婚式を挙げて話題をさらった。

フラレた藤山愛一郎の異母弟、田中元彦(中央)と光子(その左)
=光子のアルバムより

岩間の新郎は、当時の新橋・田村町にあった海外ブランドの洋服屋高級装身具の輸入・販売店ロジャーズの共同経営者だった実業家である。田中富士子もそのパートナーに嫁いだが、そろって年寄りのアメリカ人だった。これ見よがしの玉の輿とはいえ、露骨な財産目当てではないか……その光景に光子はぞっとした。

岩間敬子と共同結婚式を挙げた田中富士子
(光子のアルバムより)

「ああ、リーダーとしてもう恥ずかしくてやっていけない、モデル業界から去るべきだと思ったの。だって、自分より年下のモデルが、お金持ちと結婚しようと虎視眈々、そんな下心を抱いていたら、それこそリーダーは自分の責任が問われる。それをまた、事件として書き立てられるなんてまっぴらだった」

案の定、岩間の結婚は幸せな結末を迎えていない。

「彼女はロスに行ったら、すぐ女優になれると思っていたのよ。だから、アメリカに行きたい、行きたい、といつも言っていた。それで年寄りだけど、腐れ縁を続けて、とうとう彼と結婚したんだと思うの。ところが、彼が連れていったのは沖縄。そこで靴屋を始めたのよ。こんなはずでは、と後悔したでしょうよ。我慢して沖縄に何年かいたんだけど、ついに彼と別れてアメリカに渡ったらしいの。デパートで働きはじめたけど、どこからもチャンスが来なくて、女優にはなれなかったんだって」

玉の輿に乗ったと思った岩間敬子(左端、その隣がヘレン・ヒギンズと光子)=光子のアルバムより

光子にはその打算が耐えられなかった。

でも、あるモデルは、新聞に自分のことをよく書いてもらいたいとなると、「ちょっと関係つけてくるわ」と言って出かける。籠絡しにいくのだ。モデル仲間はそれを「鉄砲玉」と呼んだ。効果覿面、毎日系の日米通信記者からファッション評論家になった林邦雄はしょっちゅう「関係つけられ」て撃ち落される。そのモデルは「いつもいいこと書いてもらい、いい写真ばっかり出していた」と光子は苦笑いする。

「鉄砲玉」に弱いという評判の評論家、林邦雄

「私なんか、あの評論家のタイプじゃなくて。こっちはこっちで戦術を立てたの。彼は呑兵衛だから、泡盛の新種を一升いつも贈ってあげてたんだけど、残念ながら、私にはそれこそ、いいことなんか何も書いてくれやしない。『森貝光子は僕の美術館にいつも置いてある人』とか『次はお茶でも』なんて言うけど、口先だけだった。お茶からおチャケまで一回もご馳走になったことがないもの。書いた本だけは贈ってきて『拝啓いよいよお元気、充実の日々をお過ごしのことと存じます。小生の新しいのができました。ご高覧を得ますれば光栄です。また何かとご批評賜りますれば嬉しく思います』なんて、いけしゃあしゃあと。みんなが関係つけるから、やっぱりそっちのほうがおいしかったんじゃないですか」

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